2020年3月12日木曜日

自分の観察 2020年3月12日 苦難の中の良い兆候

昨日、電車に乗って毎週行っている劇場のスタジオに行くと、劇場の周りの少し木や草が生えているところがあって、もう「春ですよ〜」と言わんばかりに鳥がさえずり桜が咲き(多分桜だと思う)リスが走り回っている。そして、気がつくといつもものすごく汚かった駅がとても綺麗になっている。これはコロナの影響で一斉に清掃でもしたのだろうか?
また、イベント中止の勧告が出されているけれど、私や友人が企画している小規模なものは大丈夫かしら?基本的に人数の多さが基準になっているようだ。

今日はうってかわってすごい風。晴れたり曇ったりを繰り返している。雲がすごい速さで空を流れている。

20日に行うパフォーマンスのために友人とリハーサルをして、何もない部屋の様々な痕跡、床の傷や窓に貼られたテープ、机の上のコーヒーのしみ、などなど、様々なものをサインとして読み取りながら歌にする。情報なんてなにもないような空っぽの部屋の解像度がどんどん上がっていく不思議。

ネットではいろいろな人が苦しみながらも、自分の意識を新たな可能性に展開させている様子が見えてくる。本当に苦しい時、自分を、自分たちを救おうとする瞬間に、新たな可能性が開かれるのかもしれない。今まで見えてなかった死角に光が当たるような瞬間ともいえる。そこに希望を見いだすことはできるかもしれない。

体の観察
額の真ん中あたり何かがあって、目を動かすとその感じが変化する。腰の後ろ側が少し重い首の後ろあたり、頚椎が突っ張ってるように感じたところの力を抜くと顎関節の力も抜けて唾液が戻ってくる。それが腰にも良い影響を与えているように感じる。こうやって、観察しながらパソコンを打っていると、多少効率は悪いけれど体にとっては良い感じ。

部屋の観察
毎日のように部屋の観察をすることが自分でわかっているので、散らからないように少しずつ気をつけるようになってきた。観察の良い効果と思われる。今は陽の光が燦々と部屋を明るく暖かくしてくれている。洗濯機の回る音、道路を車が走る音は遠くに聞こえる。ときどき部屋がきしるような音も聞こえる。








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