2018年4月27日金曜日

ベルリンでも日々の問い その5 椅子取りゲーム

椅子取りゲームという名前の自主映画を見た。知人が音楽を担当していた。
自主映画の映画館って好きだけど、フォルクスビューネのすぐ前にあるバビロンという映画館はひときわ素敵だった。チケットとポップコーンや飲み物が売ってるところが同じで、すごく行列してゆっくり進むし、映画が始まる時間になっても中に入れないので、ロビーが足の踏み場もないほどの人だらけになったり、なんでこうなるの?という部分も多いけれど、全体的にマイペースでゆるい空気感に満ちている。直前になってチケットを確認しながら入ると、低い部分は完全にフラットで段になってなかったりするので、英語の字幕が背伸びしないと見えなかったりもしたけれど、映画の内容にひとつひとつ大きな声で反応するお客さんの様子が最高でした。内容は、主人公の女性が職を探しつつ、好きな人との関係を深めようとしつつ、職にあぶれ、好きな男性との関係もうまくつかめず、どんどん、椅子取りゲームに負け続ける内容で、主人公がとんでもなく困った状況になると「おー」とか、ため息にも似た声がたくさん上がったり、笑えるところは、ものすごい大笑いしたり、それぞれのタイミングでものすごい反応が飛び交うのだ。心が解放されてる感じがする。人目をきにしないゆるさというか。いろいろな人とこういう時間を共有できるというのはとっても素敵だ。しかし、映画に描かれているベルリンの生きづらさというのもひしひしと感じた。椅子取りゲームのような社会にどんどん変化して行ってしまっているベルリンの、苦さみたいなものを感じた。

2018年4月25日水曜日

ベルリンでも日々の問い その4

ベルリンで生活しながら頭に思い浮かんでいる散らばった思考の断片

その1)何かを仕事に近い感覚でやる場合、楽しめない、やらされてる感じがする、屈辱感がある、立場的に弱い感じがする、っていうような感じが湧き出る時がある。そういうのは、頭で楽しもうとか自分なりの修行だとか言ってみてもなかなか自分を深い所で納得させるのは難しい。だけど、だれかが自分を心から受け止めてくれたり、こころからの優しさを示してくれたり、一緒に楽しめる何かを見つけたり、自分が満たされると急にいろいろな細かいことが気にならなくなったり、許容範囲が増していって楽しめるようになったり、相手がどう見ていようが自分なりの感覚を磨くこと集中することができるようになったりする。心の余裕って本当に必要で、それがない状態で、自分が惨めになって腹が立ってくると、いろいろな人が意味もなく憎く感じてしまうこともある。それはどんな人にも起こり得る。今の生きづらさや非寛容さはそうやって生まれてきたのかもしれない。できることは、自分が誰かを心から受け止める、一緒に何かを楽しむことなのかもしれない。

その2)人との距離感について考える。息子が誰かと楽しんでるけど、自分からは離れてくれている。その声を聞きながら自分の好きなことをする、この無上の喜びは何だろう。完全に離れ離れで、自分が自由な気持ちになるかというと、私はそうでもなかったりする。自分が一人きりで自由でいるということを、それほど望まなくなっている自分がいる。これは若い頃とは自分が変わったということだと思う。子供を産んだからかもしれないし、結婚生活のせいかもしれないし、あるいは年齢を重ねることによるかもしれない。誰かと一緒に生きるということ、その不自由さや面倒くささというのはあるけれど、折り合いをつけるプロセスを学ぶと、無上の楽しい時間がやってくる。だからやめられない。その時間を共有すると、一緒に面倒くささを乗り越えようという気持ちも起きてくるものだ。

2018年4月23日月曜日

ベルリンでも日々の問い その3

なんといっても、ベルリンという街に降り立って、様々な種類の人、人、人に圧倒される。そして、みんなマイペースだし、こうでなきゃいけないという空気圧はぜんぜんないので楽である。しかし、空気感に慣れるには時間がかかる。ある文化圏に自分がいて、違和感ないというのは文化圏の空気によるよなあと感じる。例えば、違うけど韓国やインドネシアいる時の空気感は、ヨーロッパよりはぜんぜん日本に近い感じがする。ベルリンでは、たとえば、エスカレーターに乗っていると目の前の男女が濃厚なキスをしてたり、駅のホームでも女性がしくしく泣いて男性が抱きしめていたり、むき出しの恋愛模様があちこちで見られるけど、誰も人の視線を気にしないし周りの人もまるで見ていない。しかし、たとえば、忘れ物をしたりしたときに声をかけてくれたり、親切にしてもらえる感じは変わりなく、とても親切だしやさしい。やさしい心を感じると、異国にいる心細さに染み入るように感じる。ここにいていいんだと思える。まあ、圧倒的に外から来た人たちも多いし、みんな互いに支え合うという感じなのかもしれないけれど。公園の広さや気持ち良さ、禁止事項のなさには感動する。ちょっとした水場があって犬が泳いでいたり、遊具のある場所と全く何もない場所とある。机と椅子のあるコーナーでチェスをしている人もいるし、お父さんが黒くて薄いビニール袋に空気を入れて、それが浮き上がる風船のように子供に見せていたり、お金をかけなくても楽しめる場所というのはやっぱりいいなあ。いろいろな工夫がそこに生まれる。

つづく

2018年4月22日日曜日

ベルリンでも日々の問い その2

ベルリンに住むにあたって、日本ではいろいろな友人たちが壮行会を開いてくれて、たくさん前向きなお別れの儀式をした。この前向きな感じが、心身にジワーッと効いて、もう感謝の気持ちしかないという感じにいっぱいなった。この感じ、もし自分が死ぬときにも、こんな感じのお別れだったらいいのにと思った。人が死ぬ時に、こうなれないことの理由は、もう会えない、という気持ちなのかもしれない。だけど、死んだあと、誰にも会えないとどうして言えるのだろう?やっぱり死後に再会するんじゃないだろうか?または、次の生で再会できるんじゃないだろうか?そう信じることが、生きることを変えることもあるのではないだろうか?そう信じることは、感謝でいっぱいの死を迎えることになるのではないだろうか?お互いに前向きな別れを迎えられるのではないだろうか?そんなことを考えた。三日前くらいに(ベルリンに来てから一週間後くらいの時)、「日本を出発して遠くに行く瞬間」という夢を2日連続で見た。なんども、自分の中で出発を反芻しているみたいだ。実際の行動よりも、心はずっと遅れてついてきているみたいだ。

つづく

2018年4月19日木曜日

ベルリンでも日々の問い その1

ベルリンに移住するという選択は、結果的にたくさんの物事の移行を意味した。
それまで自分が抱え続けていた「物」や「事」が、整理のつかないぐちゃぐちゃした山のようになっていたり、分類しているつもりが混線したりしていたり、そういったいろいろを解きほぐしたり、本当に何が必要か?ということを取捨選択したり、思い切って捨てる物は捨てたりするというようなことがたくさん起きた。このプロセスで、私は今までの胸がきゅんとなるような思い出や感慨を通過する事になった。自分の半生を振り返る(というと大げさだけど)、まさに死ぬ瞬間に一瞬でやるようなことを、ゆっくりと時間をかけてやっているという感じなのかもしれない。今まで、様々な節目というものがあったけれど、実際に物理的に生きる場所を変えるということの、一番大きな変化を迎えるにあたって、これは当然と言えるかもしれない。もちろん、先の事はわからないので、これを経ても、対して何も変わらないということもありえるけれど。なんとなく、変化の覚悟みたいなものは自分の中にあるようである。私だけでなく、息子も、今まで山のように捨てられずに抱え続けていた作りかけの物体、素材、壊れた大量の物、愛着のあるぬいぐるみなどなど、大量に人に譲ったり捨てたりした。そして、数個のダンボールとスーツケースに納める。そのプロセスは物理的だけど心理的な何かに深く作用するような感じもした。

つづく