2018年9月29日土曜日

ベルリン日々問い 12  Kuala Lumpurに行ってきた

ベルリンに住むようになってから、時々ここから別の海外に行くということをするようになって、なんだかとても不思議な感じがする。
Kuala Lumpurはマレーシアにあるのだけれど、今回私が参加した「Jejak Tabi旅」という企画はジョグジャカルタのアーティストとクアラルンプールのアーティストの両方が中心に参加するものだけど、いくつかの他の地域、インドやバングラディッシュやスリランカのアーティストもいて、様々なアジアの人々が集っていた。会場となる大学では学生がスタッフもかねていろいろ助けてくれていて、彼らの雰囲気はとても無邪気な感じがする。アジアの人々の雰囲気は本当にとても無邪気で素朴で、でもとても知的なのだ。様々な難しい状況の中で生きていてもここで出会う人々はみな、とても穏やかでやさしい雰囲気に満ちている。ともすると誰かに利用されたり騙されたりしてしまいそうにさえ見える時もある。

ところで、ベルリンにいるとすごい様々なサバイバルがあって、家賃は上がるし、部屋は見つからないし、生きるのが大変だ。そういう状況の中で、人というのは刺激されれば欲望が渦巻いたり、不安から脱しようと経済的に有利になろうとして誰かを犠牲にしたりしてしまう。誰かの足元見たり、騙したり、すこしでも自分が有利になろうとしてしまうこともある。そういう生々しい拮抗する感じがここにはある。出会う人々は、優しいと思うことの方が今はまだ多いけれど、激しい葛藤も同時に感じる。ここでは、うかうかしては生きていかれないというようなヒリヒリした感じもある。日本にいる時みたいにぼーっとはしていられないというような。

でも、私はどうしたいのだろう?不安との付き合い方や、不安を感じない方法を見つけたりしたい。そうしないと、落ち着いて物事を観察できないから。そして、自分なりの役割が発揮される喜びにたどり着きたい。そうすれば、ともかく生きては行けるだろうという予感はある。

2018年9月7日金曜日

ベルリン日々問い 11 セロトニン受容体

日本人はセロトニンの受容体が少ないのですって。
でもそれ以外の国々の人々はセロトニンの受容体がいっぱいあるんですって。
それによって何が違うかというと、心配の度合いなんですって。
セロトニンの受容体がいっぱいあると、いろいろ問題が山済みでも割とへっちゃらで生きていけるんだけど、それが少ないとちょっとしたことが心配で、不安とともに生きることになる。だから、それをさけるためには、日々きちっとするしかないということらしい。
なるほど。

ところで、ベルリンにいると、様々なトラブルが次々と起こります。たとえば保険会社がお金引き落とせなくなりました、とか。で、原因はわかりません。何にも説明もされません。今日お茶した友人によれば、はい、それがドイツです。こちらになんの落ち度もなく、でも突然そういうことが起き、それは誰も説明してくれず、それにこちらが対処しなければならない、ということだそうです。自分が気づかなければだれも教えてもくれないので、常に自分で注意していなければならないということです。は〜…は〜〜〜 …

でも友人は繰り返します。それがドイツだし、ヨーロッパの人たちはセロトニンの受容体がたくさんあって、そういう状況に慣れていて、誰も気に病まないし、実際のところ結局何とかなるので、慌てないほうがよくて、でも対処はしなくてはいけない、と。なるほど、慌てずにしかし対処をする。はい。わかりました。

友人とお茶した帰りに電車に乗ると、太ったおじさんがギター片手にへなちょこで無愛想な歌を歌っている。みんなに一緒に歌うように促すもだれも歌わず、、、お金も誰も与えず、ちょっとしたおちゃめな皮肉を言って(予想)電車を降り、電車の人々に向かってお尻を突き出してる。かなり笑える。ベルリンの人々の生き様は、それぞれの等身大のおかしみに満ちている。だからその中にもっと浸っていこうと思う。肩の力を抜いて。

2018年9月5日水曜日

ベルリン日々の問い 10 融通の効かないところ

日本に一時帰国すると、日本の人たちがどのくらいお互いに気を遣い合っているかがわかる。それは時には優しく、時には過剰で、お互いにお互いの首を閉めてしまうような場合も見受けられる。けれども、お互い自分い厳しくすることでトラブルが避けられているところは多々あるように感じる。というのも、ベルリンでは、例えばアパートを借りる時などに借り手も制限がなければいくらでも人を呼んだり泊めたり、騒音を撒き散らしたりしてしまうことがあり、そうなると貸主は徐々に厳しく制限をせざるを得ない。そんなふうに、なんでこんなに融通効かないのかな?とかなんでこんなに厳しいのかな?というルールもたまにあるのだが、その裏では、そうしないと図々しい人がとんでもなく図々しくしてしまう、という前提があるのかもしれない、と思ったりした。例えば、保険や何かの会費など、振り込みが遅れると滞納金や警告などが厳しい。この場合、お互いにお互いの立場に立ってバランスを取る癖ができていればお互いに甘えすぎたり厳しくしすぎたりでギスギスしたりイライラしたりすることを避けられるんじゃないの?と思ったりしてしまう。とはいえ、それぞれ国のバランスの取り方というのがあるのだろう。それが違うからといって、文句は言えない。慣れるしかない。慣れながら観察して、対応できる領域を広げるしかない。そうじゃないと、不安になったり、イライラしたりしてしまうから。せっかくなら楽しみたいし味わいたい。