2022年8月31日水曜日

見えないマイノリティー 2022年8月31日

 マイノリティーという言葉について考えている。

社会的に広く認知されているマイノリティーの枠組みがあり、しかし、認知されない領域で起きていることは依然として全く考慮されずに、追い詰められたり糾弾されたりしているように思う。学校の中で、一般的に正しいとされていることに違和感がある時、自分の意に沿わないことをすることに抵抗があると言う場合がある。その時、周りの目や、高いところに設定され固定されている基準が自分を睨んでいるように感じる。そんなとき、自分の感じていることを他者に理解してもらうことの難しさ、どんな言葉で自分の違和感を伝えればいいのか?どうやって、その基準に満たされた他の人たちと一緒に生きていけばいいのか?とても苦しい思いをすることになる。でもその苦しみはなかなか可視化されない。でも、その感覚を捨てずに大人になって、自分が高いところにある基準を睨み返すことができたら、その時自分の中に内側から湧き上がる違和感を受け止めることの大切さを、改めて信じることができるようになる。そのことが、さまざまな世論操作に押し流されそうになる世界の中で、分断ではないコミュニケーションの方法を探し、多様な感じ方考え方の共存する世界に自分を繋ぎ止めることができる。見つけられずに苦しんでいるマイノリティーの人の、小さな戦いにエールを送りたいと心から思う。