2020年4月6日月曜日

ヴァーチャル会話の可能性2 思考の整理 潜在する他の可能性について 2020年4月6日

ZOOMでやれる実験アイデア

・一対一で向き合って、どちらかが相手の体の状態をトレースする。相手の体、重心のかけ方、声帯の状態、細かにトレースして、相手の声を自分から出してしゃべる。
・お互いそれをやったあと、主体を交換してしゃべる。
・一対一で向き合って、相手の体の一部に意識を集中する。集中された方はどこに意識を向けられたかを当てる。
・一対一で向き合って、一人が体の一部に意識を向けて発話する。相手はそれを真似しようとする。あとで答え合わせする。

思考の整理 潜在する他の選択肢について
生物の進化というのは、ある一方方向に進化しているというよりは様々な方向に枝分かれしながら変化し続けていて、人間の視点から見たら人間がもっとも進化したかのように思ってしまいがちだが、枝分かれしたところから様々な変化をどれも遂げていて、どんなに太古からある生物でも適者生存という感じで生息し続けていてそこからどんな変化を遂げるかまだわからない、と言うことはできないだろうか?人の生活の変化は、狩猟採集していたところから農耕、牧畜を経て様々な機械を発明して産業革命と言われる時代を経て、テレビ、電話、洗濯機、コンピューターや携帯電話やスマートホン、AIとどんどん技術が「進歩」してきていて、それは人の可能性を広げていくと感じる一方で、社会のシステムと相まって世界中を均質な文化で覆っていってしまうような恐怖感をもたらしているようにも感じる。それぞれに「進歩」を選択しなかった人々、あるいは状況的にその「進歩」を享受しなかった人たちを、世界を覆う経済的なシステムに巻き込めば、その人たちは「貧しい」人々、「かわいそうな」人々として生きることになるのだろう。でも、もしそのような人々には別の変化の可能性があるとしたらどうだろう?それは人間の生き方の多様性をひとつ広げてくれることになるのではないだろうか?また、「進歩」の道を遡って、どこかに別の枝分かれする可能性を模索することはできないのだろうか?それは逆行するということではなく、いつでも枝分かれする別の可能性は潜在していたのに、その道を切り落とすような、一つの方向性だけを進んでいるような錯覚を持ち続けてきた私たちが、これからの世界を生き抜くための新しい可能性になりはしないだろうか?

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