2022年3月3日木曜日

メディア・コントロール ノーム・チョムスキー(1991年)

「メディア・コントロール 正義なき民主主義と国際社会」ノーム・チョムスキー

注)これを書かれたのは1991年のようです。現状はもちろん変化していると思われます。

p23 広報(Public Relations)

広報(PR)産業を開拓したのはアメリカである。

業界の指導者たちも認めるように、その目的は「大衆の考えを操作する」ことだった。彼らはクリール委員会の成功や、「赤狩り」とそれにつづく世論形成の成功に多くを学んだ。

広報産業は巨大になり、1920年代には大衆が企業の原則にほぼ全面的に従うまでになった。その成功があまりにもみごとだったので、1930年代に入る頃には、連邦議会の委員会がこの業界を調査しはじめたほどだ。このときの調査によって、私たちは広報産業に関して多くのことを知るに至った。

広報は、いまや年間10億ドル近くが注ぎ込まれる一大産業となっている。そして、その目的は一貫して「大衆の考えを操作する」ことだった。だが1930年代に、第一次世界大戦時に生じたのと同様の大問題が発生する。大恐慌が怒って、堅固な労働者組織ができたのである。労働者は1935年に初めて合法的な勝利まで勝ちとった。労働者の団結権と団体交渉権を認めるワグナー法、いわゆる「1935年全国労働関係法」の制定によって、とまどえる群が団結する権利を手にしたのである。

中略

大衆の組織化などあってはならないことだ。大衆が組織されれば、行動の傍観者にとどまらなくなる恐れがある。かぎられた資源しか持たない人びとが大勢集まって団結し、政治に参入できるようになったなら、彼らは観客ではなく、参加者になってしまうかもしれないのだ。それはまぎれもない脅威である。二度と労働者が合法的勝利を得ることがないように、民主主義社会を危うくする大衆の組織化がこれ以上進まないように企業側は対策を講じた。その目論見は当たった。労働者はそのあと二度と合法的な勝利を得られなかった。

中略

これは偶然ではない。何しろ相手は財界である。こうした問題を処理するのにいくらでも金と労力をかけられる。知恵もある。広報産業を利用し全米製造者協会やビジネス円卓会議などの組織に働きかけることもできるのだ。

中略

そして1937年に、最初の試みがなされた。ペンシルヴァニア州西武のジョンズタウンで大規模な鉄鋼ストライキが起こったときのことである。企業が労働者を制圧する新しい手法を試したところ、それがことのほかうまくいった。(中略)スト参加者への反感を世間に広めスト参加者は世間にとって有害な、公益に反する破壊分子だと思わせるのが狙いだった。

 公益とは、ビジネスマンも労働者も主婦もすべての人間を含む「私たち」全員の利益である。私たちは団結して調和をはかり、アメリカニズムの名のもと、一緒になって働きたい。それなのに、ストの参加者のような破壊分子が問題を引き起こし、調和を見出し、アメリカニズムを侵害している。

中略

必要なのは、誰も反対しようとしないスローガン、だれもが賛成するスローガンなのだ。それが何を意味しているのか、誰も知らない。

中略

彼らをつねに怯えさせておくことも必要だ。自分たちを破壊しにやってくる内外のさまざまな悪魔を適度に恐れ怯えていないと、彼らは自分の頭で考えはじめてしまうかもしれない。それはたいへん危険なことだ。そもそも彼らには考える頭などないのだ。したがって、彼らの関心をそらし、彼らを社会の動きから切り離しておくことが重要である。

p33 世論工作

1954年、バーネイズがユナイテッド・フリーツカンパニーのために広報作戦を展開すると、それに乗じてアメリカはグアテマラに進出し、資本主義を報じる民主的な政府を転覆させ、凶悪な暗殺者集団が牛耳る社会を出現させた。

 その体制は今日まで続いており、ずっとアメリカから支援されている。もちろん、アメリカの目的はグアテマラが空虚なかたちで民主的な変更をしないようにすることだった。国民が反対する国内政策を実施するには、ゴリ押しをつづけるしかない。だが、国民にしてみれば、自分にとって有害な構内政策を支持するいわれはない。

 この場合も、大々的な宣伝が必要になる。そういう例はこの10年のあいだにいくつもあった。たとえば、レーガン政権の数々の計画は圧倒的に不人気だった。1984年の「レーガン圧勝」時にも、有権者のおよそ5分の3はレーガンの政策が法制化されないことを願っていた。軍備の増強にしろ社会的支出の削減にしろ、レーガンの計画はことごとく国民の強い反対にあった。

 しかし、国民が社会の周辺においやられ、自分の本当の関心から目をそらされて組織をつくることも自分の意見を表明することも許されず、他人の同じ考えをもっていることを知るすべさえなかったら、軍事支出よりも社会支出のほうが大事だと考え、世論調査にはそのように答える人々も、そんなばかげた考えをもっているのは自分だけだろうと思い込んでしまう。現実に、圧倒的多数がそう思い込んだのだ。

 そういう意見はどこからも聞こえてこない。誰もそういう風にはかんがえていないのだろう。したがって、そういうことを考え、そういうことを世論調査で答えようとする自分あhきっと変人にちがいない。意見を同じくする人、その意見に自信をもたせてくれる人、その意見を表明させてくれる人と知り合って団結する機会はどこにもないので、自分が変わり者のような、ひねくれ者のような気がしてしまう。


p45 敵の量産

医療、教育、ホームレス、失業、犯罪、犯罪人口の激増、投獄率、スラム地区の治安の悪化など、これら数々の深刻な問題に、真摯な対策は何一つ講じられていない。こうした状況は誰でもしっているのだが状況は悪くなる一方だ。

中略

こうした状況にあっては、とまどえる群の注意をなんとかして別のところへ反らす必要がある。彼らがこれに気づき始めれば、不満が噴出するかもしれない。これによって苦しむのは彼ら自信だからだ。

中略

いつでお都合よくつくり出せる怪物は、かつてロシア人だった。ロシア人なら、つねに自分らを守る必要のある敵に仕立てることができた。ところが昨今、ロシア人は敵としての魅力を失いつつある。ロシア人を利用するのは日を追って難しくなっている。そこで、何か新しい怪物を呼びださなければならなくなった。

中略

そこで、国際テロリストや麻薬密売組織、アラブの狂信者、新手のヒトラーたるサダム・フセインなどに、世界征服に乗り出させることになった。そうした輩を次から次へと出現させなければならないのである。国民を怯えさせ、恐怖におとしいれ、臆病にさせて、怖くて旅行もできない、家にじっととぢこまっているしかない状態にさせる。(中略)

架空の怪物を仕立て上げては、それをたたきつぶしに出向いていく。

p49 認識の偏り

恐ろしい敵をでっちあげることが長きにわたってつづいてきた。その例をいくつか紹介しておこう。

1986年5月に、獄中から解放されたキューバの政治犯、アルマンド・バヤダレスの回想録が出版された。メディアはさっそくこれに飛びつき、盛んに書き立てた。メディアはバヤダレスによる暴露を「カストロが政敵を処罰し、抹殺するために巨大な拷問・投獄システムを用いていることの決定的な証拠」と表した。

この本は「非人間的な牢獄」や血も涙もない拷問についての「心を騒がせる忘れがたい記述」であり、また新たに登場した今世紀の大量殺人者の一人のもとで行われた国家暴力の記録である。

 この殺人者は、少なくともバヤダレスの本によれば、「拷問を社会統制の手段として正当化する新しい独裁政治を構築している」のであり「[バヤダレス]がくらしていたキューバはまさに地獄だった」。

 これが『ワシントン・ポスト』と『ニューヨーク・タイムズ』に掲載された批評である。カストロは「独裁者の暴漢と称された。極悪非道な彼の行為はこの本で完全に暴露されたことでもあり、「よほど軽率で冷酷でもないかぎり、この暴君を用語する欧米の知識人はまず皆無だろう」(ワシントンポスト)とされた。

だが、これはある個人の身に起こったことの記述である。

これがすべて真実だとしよう。バヤダレスは拷問されたと言っているのだから、彼の身に起こったことについて被疑を呈するのはやめよう。ホワイトハウスの人権デー記念式典で、バヤダレスはロナルド・レーガンから名指しされ、血に飢えたキューバの暴君の恐ろしい残虐行為に耐え抜いた勇気を称えられた。

 その後、バヤダレスは国連人権委員会のアメリカ代表に任じられ、そこでエルサルバドル政府とニカラグア政府を擁護する意向を述べた。いくら仕事とはいえ、、バヤダレスの被害もささやかに見えるほどの残虐行為を避難されている両政府をどうして擁護できるのだろうと思うがそれが現実なのである。

中略

1986年5月のことだった。なるほど、「合意のでっちあげ」とはこんなところから始まるのかもしれない。同じ5月に、エルサルバドル人権擁護委員会の生き残りメンバー(指導者たちは殺されていた)が逮捕され、拷問された。

 そのなかには、委員長のエルベルト・アナヤも含まれていた。彼らはエスペランサ監獄に送られたが、獄中でも人権擁護運動をつづけた。法律家のグループだたので、囚人から先生供述書を取りつづけた。監獄には全部で432名の囚人がいた。彼らが署名した430人分の氏先生供述書には、囚人たちが受けた電気ショックをはじめとする残虐な拷問について詳細に記されている。


2022年1月18日火曜日

拮抗、耐性、必要なものは無尽蔵にすぐそばにある 2022年1月18日

 自然の中で生き物は拮抗し合っている。人間も本来はそういう拮抗しあった関係の中にいるはずだったのだと思う。命を保つために栄養を獲得して次世代に命を繋いで…。それは戦いのようでもあるが、戦うというのは何かしら主体みたいなものが想定されないと戦いにならない。生き物に主体ってあるのかな?主体の感覚って人間が勝手に想定しているだけだ。人にとっての主体の感覚も、時代によって変わってきたのだろう。

生き物の定義は難しいけれど、菌もウイルスもその機構の中にあるものだ。それらが拮抗しあってある種のバランスを見つけているのかもしれない。響き合っているのかもしれない。

無重力の場所に行くと人は筋力がすぐに落ちて歩けなくなってしまう。それと同じで無菌状態のところに長くいたら、人は菌やウイルスへの耐性がすぐになくなってしまう。

必要なものは無尽蔵にすぐそばにある。「価値がある」とされるものは何かしら希少性があって、珍しかったり、手に入りにくかったり、手の込んだ技術や、お金をつぎ込んだり、とんでもない天才が作り出したものだったり、ものすごいプロフェッショナルな人が行ったことだったり、と考えらえがちだと思う。でも実際には、必要なものは無尽蔵にすぐそばにあって、ちょっとした工夫で自分でなんでも作れたり手に入れたりできるものなんじゃないだろうか?そういう感覚は狩猟採集的な感覚なのかもしれないけれど。

誰かに伝えようとかわかってもらおうとか考えずに、好奇心で突き進んだことが結果的に役割になったらいい。ダンスの活動はそうやってやってきたのだから、それ以外のこともそれでできるんじゃないだろうか?

2022年1月11日火曜日

ノーム・チョムスキー:「合意のでっちあげ」について 2022年1月11日 

 ベルリンにいる間、言葉の問題もあるけれど、ロックダウンが長かったり、ロックダウンがあけても制限があるなかで人に会いづらかったりして、私自身が感じていることを人とシェアすることが難しくなっていった。そしてSNSでのやりとりが多くなった。私は自分が感じていることが他の周りのひととは著しく違うことで孤立感を感じたし、思ったことをSNSで書きづらくなった。書けなくなった。それは、重たく暗い「暗黙の了解」として空を覆った。後日、意を決して何人かの人と直接話をした。また、日本に帰ってきてからいろいろな人と話した。結果、自分と同じように感じている人はとてもたくさんいた。具体的に言えば、コロナを怖がっている人はさほど多くなく、またワクチンの安全を信じている人はほとんどいなかった。このことは、SNSの投稿を見た雰囲気ととても大きなギャップがあったので驚いた。でもそれを声に出すことはほとんどないようだった。そして、そうであっても流れに逆らうことは難しいとみんなが感じていた。旅行に行けないから、行動が不自由だから、周りの目がきになるから、ベルリンでは法整備もされ、規制が行動を大きく遮ることもある。

今、ノーム・チョムスキーの「メディア・コントロール」を読み直している。1991年には書かれていた。今起きている「合意のでっちあげ」には古い歴史がある。そう考えると「とんでも無いことが起きている」というよりは「いつもと同じことが起きている」とも言えそうだ。

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さて、これで民主主義社会には二つの「機能」があることになった。責任をもつ特別階級は、実行者としての機能を果たす。公益ということを理解し、じっくり考えて計画するのだ。その一方に、とまどえる群れがいるわけだが、彼らも民主主義社会の一機能を担っている。

 民主主義社会における彼らの役割は、リップマン(*)の言葉を借りれば「観客」になることであって、行動に参加することでは無い。しかし、彼らの役割をそれだけにかぎるわけにもいかない。何しろここは民主主義社会なのだ。そこでときどき、彼らは特別階級の誰かに支持を表明することを許される。(中略)これを選挙という。(中略)われわれは、とまどえる群れを飼いならさなければならない。とまどえる群れの激昂や横暴を許して、不都合なことを起こさせてはならない。(中略)

 そこで、とまどえる群れを飼いならすための何かが必要になる。それが民主主義の新しい革命的な技法、つまり「合意のでっちあげ」である。政治を動かす階級と意思決定者は、そうしたでっちあげにある程度の現実性をもたせなければならず、それと同時に彼らがそれをほどほどに信じ込むようにすることも必要だ。ここには暗黙の前提がある。(中略)どうしたら意思決定の権限をもつ立場につけるのか、という問題に関係している。もちろんその方法は、「真の」権力者に仕えることだ。社会をわがものとしている真の権力者は、ごくかぎられた一部の人間である。

 特別階級の一人がそこへ行って「あなたのために便宜をはかれます」と言えば、彼は支配階層の一員になれる。そんなことを公言してはならない。(中略)そこで一部の者を責任ある特別階級へといざなう教育のシステムが必要になってくる。国家と企業の癒着関係に代表されるような私的権力がどんな価値観をもち、何を利益としているかを、徹底的に教え込まなければなら無い。それが理解できたなら、特別階級の一員になれる。

 残りのとまどえる群れについては、つねに彼らの注意をそらしておくことが必要である。彼らの関心を全く別のところに向けさせろ。面倒を起こさせるな。何があっても行動を傍観しているだけにさせるのだ。

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「合意のでっちあげ」はつまり「みんなで、そう思っているふりをする」ことなのだろう。日本でよりもヨーロッパでの方がより、自分を騙してでも「ふり」を貫く根深さ、強固さを感じた。「ふりをする」ことはは「振り付けにしたがう」ことかもしれない。無意識のうちに。その背景には「正当性」を逸脱する恐怖があるようにも感じた。長い歴史を感じた。

しかし、実際SNSでは、何かを傍観しているような感じてはなく、みんなが権力にあらがっていると思い込んだ正義の言動をしているように見えた。そして、その結果、全体主義へとまっすぐ突き進む方向への賛同を(言動や行動で)示しているように見えた。それはSNSを利用した「合意のでっちあげ」のための新しい手法かもしれ無い。(あるいは古い手法なのかもしれない)。タチが悪いのは、「あらがっている」ように思わせながら「振り付けにしたがわせる」という巧妙さだ。

*リップマンhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%9E%E3%83%B3

2021年12月16日木曜日

こんなことばっかり考えていたくないけど 2021年12月16日

 3.11の大震災によって起きた原発事故を経て、自分がいかにいろいろ見えていなかったかを思い知ったけれど、そのあと様々な問題意識を持って向き合ってきたつもりだったけれどまだまだ、何も見えていなかったんだということが、今回のコロナ騒動でさらに実感することになった。そして、タブーというものがどうやって生み出されるのかを思い知った。今や、ワクチンの副反応について、実際に被害を被った人であっても、それを目の当たりにした人であっても、それについて言及することはできるだけ避ける傾向にあるのを感じる。ここに至るまでの流れは本当に巧妙で、「脱帽」という感じさえする。

1)レッテルを貼るための準備期間として、ある方向の考え方や疑問を持つ人向けに極端な見解や、似通ってるけど微妙に間違った情報を流して釣る。あるひとつの鍵を隠すために、似たような鍵をばらまいて撹乱するように。間違った鍵に群がった人にレッテルを貼る。レッテルを貼られた情報源の人に「心の病気」「頭がおかしい」「間違った方向に洗脳された」というような辱めを激しく与え続ける。そのことで、実際にある方向へ疑問を持つことを人が避けるようになる。疑問を持ってもそれを口にしなくなる。

2)「正しい側にいる」と社会的に認められなければならない、という強迫観念を人々に植え付ける。そのためにさまざまな「頑張っている人」の写真や動画で「社会全体の利益のために個人が、自分の意に沿わないことであっても協力するべき」という空気を作る。「私は科学を信じる」「みんなで団結して乗り越える」「誰も取り残さない」など、シンプルなキーフレーズを世界的に流行らせる。

3)「⚫︎⚫︎が足りない」という情報を流すことで、ほとんどの人がそれをすごく欲しているという認識を植え付ける。また、足りなくなると困る、という焦りや競争心を促す。

4)人を直接合わせない、集まらせない、喋らせない。直接人と接することができなければ、感じていることをシェアすることは難しくなる。その間に、さらなる情報のシャワーで、ある一方向のみの共有認識があたりまえである、と思い込ませることができる。自分の持っている疑問は、自分だけが持っていると思い込ませ、孤立させ、黙らせる。

5)ソーシャルディスタンスやマスクを通して、人は見えない「ウイルス」を実際にそこにありありと浮遊しているように感じていく。マスメディアの流すコロナビジュアル、感染者数のグラフや死者数と重なってそれらが脅威としていつも自分の周りにいると思い込ませることができる。

6)実際には、小さな利権集団と巨大な利権集団との戦いだったりすることを、小さな利権集団に人々が腹をたてることを利用し、巨大な利権集団のプロパガンダを美談のように感じさせ、彼らが人々の味方であり、正義の味方であるように見せることができる。実際には敵の敵もまた敵にすぎない。

などなど、それ以外にもたくさん…。

過去に起きた公害や薬害も、被害が始まってから3年くらいはそのまま放置され、被害が拡大する。どうしてそうなるのか?とても不思議だったけれど、今起きていることを見ると、それもなんとなくわかるような気がする。暗黙の了解としてそれを語らなくさせることは意外と簡単なのだ。そして、今回の被害は、特定されないあらゆる種類の身体的不具合であり、偶然としてかたずけることはさらに簡単であり、製薬会社は初めから免責であり、場合によっては個人が自分の意思であることをサインしている。すべては闇に葬られるだろうし、そっちの方が楽だと感じる人も多いだろう。しかし、実際にはそれだけでは済まされず、人権や基本的な自由を「社会全体の利益」のために犠牲にする方向がますます加速する可能性がある。行き着くところまで行ってしまうのか?

どんな理由があっても「自分の意に沿わないこと」を強要されることからは逃げなければならない。そのための権利が奪われないよう、法的な改正が起きないよう見張り続けなければならない。

実際にはこんなことばっかり考えていたくない。楽しいことだけ考えていたい。それによってこの状況を切り抜けることができるならそうするけれど。感じていることを、感じているままに書くことの難しさよ。しかし、黙ることはやはり加担することになるのではないか?そういう思いをぬぐいきれない。本当のことは時間が経たないとわからないとしても。

2021年10月27日水曜日

なりゆきの祭り 2021年10月27日

 いつも、なんとなくその場のメインの子供たちの中でひとり中に入れてもらえない感じがあった。昔からどことなく外れものというか、それを望んだわけじゃないけどそうなっていったようなところがある。今でも、仲間を欲しつつも、コミュニティーに同化できない感じがいつもつきまとう。でも気がついたら「コミュニティー」みたいなことを考えている不思議。子供を産んで育てた時に心細かったりしんどかったりしたのがきっかけかもしれないけれど。でも、コミュニティーが機能している場所には「コミュニティー」なんて言葉は必要なかったりする。


自分のダンスのリサーチとして始めた民俗芸能の調査やその延長線上で、人と人の間から内発性が湧き出ててくるようなことを求めるようになった。そういった瞬間にとても神聖な何かを感じるから。でもその入り口は神妙なものじゃなくてどうでもいいこと、冗談のようなこと、何気ないことがいいと思うようになった。でも、それを起こそうと私が意図して何かをしようとすると、その「意図」がどうしても矛盾となって吹き出してしまう。でも諦めきれずにいろいろなことを実験していった。矛盾に向き合い続けていくうちに、なりゆきとなにがしかの必然性が一番大事だなと思うようになっていった。人と人が出会ったり、別れたり、物事に出会ったりするその流れが。でも気づかなければ流れにならない。いろいろな情報が日々たくさん現れては消えていく。その中で点と点が繋がって感じる流れが、自分の深いところで求めていることに繋がっていくとき、同じような感覚を持った人に出会うことがある。そんな時その奇跡におののきつつ、流れに身を任せつつ、それぞれがさらに異質なものとの出会いを見出して新たな流れみつけることもできる。


同じ感覚を共有できる自分より若い、実行力のある友人たちからたくさんのことを日々学んでいる。その彼らと、別の方向で実行力のある天然な知人との出会いで、冗談なのか本気なのかわからない不思議な祭りが形になっていった。本気すぎたら危ない宗教になっちゃうし、冗談すぎたら誰もついてこれないけど、その間の丁度絶妙な感じ、やっぱり何かはっきりしない「間」というのがポイントなのかのしれない。へびの彫り師となったふじいもんを先頭にこの不揃いな行列の一人として河原の脇を歩きながら、地域の芸能というよりは、異形のものと蔑まれた河原者たちになったような、時代を飛び越えてしまったような不思議にふわふわした気持ちになる。ススキがさわさわと風になびいて生死の境界がゆらいでいるように感じた。マルシェにたどり着いてたくさんの人々に見つめられたら恥ずかしかったけど、踊りは見るものじゃなく浸るもので、だれでも浸れる空気は作ろうと思って作れるものじゃなく、様々ななりゆきの果てにそれぞれの人が本当は求めていることに気づかなかったような何かが、ふわふわと重なっていったように感じた。

長いこといろいろな試みをしてきたけど、何かに乗っかることで「本質的なことを実現させよう」という自分の長年の執着を捨てることができた。そのおかげで肩の力を抜いて頭を空っぽにして、流れに身をゆだねることができたのかもしれない。肩書きもなく、プロジェクト名もないけれど、奇跡のような人との出会いと、無意味に思えるようなことを一緒にやる仲間との時間が物事を発酵させる力となった。生きる上での武器のように振りかざしていた「アーティスト」という肩書きはいよいよ自分にとって傲慢な盾のように見えてくる。

2021年9月16日木曜日

その先に何があるかをイメージする癖 2021年9月16日

 私がスマホを持たなかったのは、未だに持っていないのは、それに依存することが何がしかの管理されることに繋がる予感があったからだ。マイナンバーが始まった時にもいやな予感があった。何かしらイノベーションがあったり、何かしら便利で合理的に思えるシステム転換があるときは、その先にどんな可能性があるのかを無意識のうちに感じ取る癖がついている。なぜだろう?昔から過管理社会になって、そこで戦っているような夢をよく見ていた。過管理社会への恐怖感が昔からあったのかもしれない。コロナの騒ぎが始まったとき、「連帯してこれを乗り越えよう」とか、「ステイホーム」とか、そういったフレーズを友人、知人がフェイスブックで投げかけるのを見て、何かしらとても居心地の悪い気持ちになった。それらの言葉が意味することが、何かからのプロパガンダや印象操作の結果のように思えたからかもしれない。ということはそれ自体が何者かのデザインされた結果の行為であり、その先に何かしら、行動規制を拡張させた非常にいやな社会への移行をイメージしたからかもしれない。そういった自分の感覚は、それを感じていない人にとっては過剰だったり偏って感じたりするかもしれない。しかし感じてしまう自分の役割みたいなものもあるかもしれない。どのように、その役割を見つけていけばいいのかは、まだわからない。

2021年9月14日火曜日

誰があなたを裁けるだろう 2021年9月14日

誰があなたを裁けるだろう

誰かに会うこと

言葉を交わすこと

肌を触れ合わせることを

一緒に食べ、笑い、歌い、楽しむことを


それらに罪悪感を感じさせる「正義」の正体はなんだろう?

「正義」の背後にある恐怖はなんだろう?

それらの重さから、体をよじって抜け出して、新鮮な空気を吸えたらきっと

魂が向かいたい流れに乗って軽々と、あなたを新しい境地に連れて行ってくれる


赤ん坊がなんども転んで歩けるようになるのは、訓練するからじゃない

ただ立ち上がりたくて、歩き出したいから

たくさん風邪も引いてなんども治り、その度に強くなる

病を経験するのも、暗いトンネルを通り過ぎるのも

すべてはその経験から新しい可能性に開かれていくためのプロセスで

私たちは今強烈なプロセスを共有しているけれど

あるいはまずます一時的にきつくなっていくかもしれないけれど

この先に何があるのかを共に見届けよう