2024年8月13日火曜日

『海に浮かぶ一滴の水』 視点を動かしながら見る演劇

 同志社大学内の寒梅館ハーディーホールにて、同大学の生徒たちが参加した高杉征司氏による全9回のワークショップの最終発表として『海に浮かぶ一滴の水』が上演された。私にとってこの作品のキモは、見る側が群像劇の細部に勝手にフォーカスすることで、さまざまに相対的な景色が浮かび上がってくるところにある。フォーカスする場所によって見える景色が微妙に変わってくる。教室に見立てられた机と椅子の配置の中で、三々五々語り合う生徒たちは互いに声が重なり合っているので、全体を見る時には何を喋っているかわからない。しかし、一つずつのグループに意識を向けてみると意外とクリアーにセリフが聞こえてくる。そうすることで、まるで3次元が4次元、5次元へと変化するような立体的な感覚を味わうことになる。このような鑑賞方法は今までに経験したことがない。

また、もう一つのキモは、シーンごとに舞台上で使用されている机と椅子を一斉に移動させることによって、非常に大胆に見る角度を変化させていることだ。何度かその変化が起き、最後にこちらの見る角度が180度に近い位置転換で大きく変えられ、最初に現れた教室での群像劇と同じ設えで、ほとんど見えていなかった後ろの生徒たちの振る舞いが露わになる。もしやと思い、さきほど前方だった生徒たちにも意識を向けてみると聞き覚えのある会話が展開されていることがわかる。そのように最初に行われたのと全く同じ群像劇が繰り広げられている様子を別の角度で見ていることがわかった瞬間、非常に興奮する。

また、背景に映写される5つのサブタイトル、

「量」たる私たち〜大衆という大海原〜

「質」たる私〜海に浮かぶ一滴の水〜

個の氾濫

すべての事柄は相対的である

大衆の反逆

などが、オルテガの「大衆の叛逆」からヒントを得つつ、海にたとえて現在の等身大の生徒たちのありようを浮かび上がらせるように、それぞれのシーンをクリアーに切り取る。

生徒たちが大海原の中の一滴の水として、今抱えている状況を別の角度から観察し生き抜いていくためのエールとなる作品でもあり、しかし多くの演劇やダンスの実践者たちにもみてほしい刺激的な上演であった。