2015年5月2日土曜日

「15年の実験履歴」制作日誌05

日本の古い音楽は「作品」という概念を感じない事が多い。それは、歌やメロディーをだれが最初に歌い始めたか、だれがそのメロディーを奏で始めたか、そういったことが分らないし、それを主張するという発想がなくて、誰かがすぐ真似をしたり伝染してしまったりするのが普通だったからじゃないだろうか?「日本の文化」という線引きもおそらく西洋近代か以降の概念なんじゃないだろうか?「伝統」という線引きも、無意識に引き継いでいる間は出て来ない発想だと思う。いろいろなものは自然に発生したり流れたりその流れがうねったりしていたものなんだと思う。日本に伝わって来た仏教などにも、どこからかその流れを辿って行ったらいろいろなところに支流を見ることができるような、そして源泉をハッキリ見極める事ができないけれど、どこまでも追って行くことができるようなそういう何かを感じる。現代ではどうしても「作品」であったり「作家」であったりという線引きをもってしか芸術と接することができないような気がしてしまっているけれど、自分の深いところを打つ電撃というか啓示みたいなものは芸術という線引きが解けた瞬間の何かと邂逅したときにしか得ることができないような気がしてしまう。

2015年5月1日金曜日

「15年の実験履歴」 制作日誌04

こちらに来てから武道の稽古を少しずつ受けている。武道をやっていると思う事は、本当にいつ殺されてもおかしくない環境で身につけた体の使い方だなあということだ。そんなに切迫していたのだね武士。農民だっていつ戦に巻き込まれるか、あるいは不当に税を取り立てられて命捨てる覚悟で一揆やったり、なんていうかみんなギリギリで生きてたんだなあって思う。現代において、そのギリギリ感と言うか、立ち向かう相手ってなんなんだろう?と考えるとやっぱり「システム」みたいなものなんじゃないかなと思う。でもシステムは、立ち向かわないように人間を飼い馴らす役割も果たしているから、私たちはシステムからの圧迫みたいなものをどこに向けて押しのけていいのか分らないし、押しのけられないから互いに八つ当たりするしかなくなる。でそれはますますもって生きづらくなるだけだったりする。システムの向こう側にその圧迫するもとみたいなのがあるはずなんだけど見えないように出来ている。でも、日々の生活で良くよく観察するといろいろ見えて来るはずだと私は思う。だから、武士が殺されないように周りを見ながら自分の立ち振る舞いを洗練させて行ったように、私たちも観察して圧迫されない方法を編み出す事も可能なんだろう。人は狩猟時代から命をはって拮抗して生きていたんだから、そういった拮抗をもって自分を本当に生かすという意味ではいつの時代も変わらないという事なのかもしれないと思う。

2015年4月29日水曜日

「15年の実験履歴」 制作日誌03

きりんがいない間に作品をつくらなくちゃならないので、寮制の学校に送った月曜日の午後からようやく第二案を作り始めて3日目の午後に発表というハードスケジュールだった。今日はお馴染みになりつつある近所の権九郎稲荷神社で稽古見せをやった。糸島芸農で関わっている人たちがたくさん見に来てくれて、いろんな反応を示してもらえてとてもうれしかった。第二案はおそろしく重量感のある、かつ赤裸裸な内容になってしまったが、やっぱりすごく面白がってくれる人と、つらくなってしまう人に分かれてしまうのかもしれない。いろいろな人と、今まで関わって来なかったような人ともコミュニケーションをできるようにと考えたつもりであったけれど、自分にうそをつくことを避けて行くと必然的にある方向性というのが生まれて行くことになるので、やっぱりどうしようもない偏りというのはさけられないのかもしれない。大きく偏りながら、あるバランスを探して行く作業。そして自分がやってきたことにいちいち向き合う作業である。おそらく今後の作品制作が大きく変わって行く、そのターニングポイントなのだろう。隣で全力の支えをしてくれてる寅雄氏と権九郎稲荷神社にも感謝!

2015年4月28日火曜日

15年の実験履歴 制作日誌02

作品の水面から出ているところだけを合わせても、15年の量は多い。にもかかわらずその水面下をもう一度精査していると、あまりの情報量の多さに今日は溺れかかって水をしこたま飲んでしまったように体が重い。情報量が多すぎると私はそれを処理しきれないので、これをどうするのか?明日には一度、稽古見せをすることになっているのだから、ひとまず明日なんとかしよう。

2015年4月27日月曜日

「15年の実験履歴」制作日誌01

最初の作品アイデアを試したあと、それを一度壊すといういつもの儀式を終え、やっと第二案に向けて動き出す。 自分が書き溜めていた大量のメモは二度と見返さないと思っていた。それをひとつひとつ見ていると、そのとき自分がどのくらいの深さに潜って観察したり思考したりしていたのかが見えて来る。と同時に現在の私がそのときの私の中に潜って行くという作業でもある。潜水するのは疲れるけれど抜けられない。こういう作業が好きなのだろう。作品制作以外に周りで起きていた事、景色もうっすら見えて来る。メモ帳が役に立つときが来るとは。まだ役に立つとは限らないが。メモの途中で「インターネットで日記を公開する人が増えている。変化の兆しなのか?」といった文章もあって、この数年自分も日記的なものをこうやって公開してるよ、って思う。書いていた時点では想像すらしていないのだろうに。作品を作り始めた96年当時はインターネットも普及したてでまだやってない人の方が多かったのだろうし、この時代の変化ってすごいなと思った。これから潜ってるだけじゃだめで、遠くから眺めたりいろいろな視点を持って作品に取り組もうと思った。

2015年3月4日水曜日

体の歪みについて

自分の体の歪みに、強い力で正すという方向は逆に体からの反発のような何かを引き出すようなことになる。「正しい」「正常な」体のあり方という基準は、俯瞰した視点によって自分を見る方向を強いる。そうではなくて、歪みに対して、別の可能性もあるということを体が知る、ということが大切な気がする。

2014年10月30日木曜日

反応のもとを辿る可能性について

日本が右傾化したりして、政治家や嫌韓デモや、そういったことが起こる一方、都市をはなれて畑をする等、オーガニックな生き方を選んだりする人が増えたりもしていて、そういった一見全く反対のことでも、それぞれ何かに対する反応なんじゃないかと思う。イスラム圏の国で女性に対してとても乱暴な方向での保守的な動きを強めたり、ひどく問題と思われるか偏った思想がもてはやされたり、そういったことも同じように何かに対する反応としてあって、その傾向を引き起こす原因を遡って行くとすごくネガティブに思える反応も、一見ポジティブに見える反応も、何か同じ物事に対する反応として引き起こされているような気がする。だから、何に反応しているのか、拗れた糸を辿ってほぐしながらもとを辿って行けば何かが見えて来る気がする。だから、右傾化の状態ひとつひとつを嘆くのではなく、それを引き起こす原因の方向に目線を向けて観察して行けば何かが見えてくる気がする。原因となる何かは、「視線」に関する物じゃないかと感じる。ひどく誇りを傷つける「視線」とその「視線」に起因する判断、行動がある。その「視線」を投げる人々、またその人々がその「視線」を元にしたシステムを構築しているように感じる。だからとりあえずシステムに対する怒りが私にはある。しかしそこを、怒りではない方法で向き合えないか?もっと元を辿っていけないのか?