いつも、なんとなくその場のメインの子供たちの中でひとり中に入れてもらえない感じがあった。昔からどことなく外れものというか、それを望んだわけじゃないけどそうなっていったようなところがある。今でも、仲間を欲しつつも、コミュニティーに同化できない感じがいつもつきまとう。でも気がついたら「コミュニティー」みたいなことを考えている不思議。子供を産んで育てた時に心細かったりしんどかったりしたのがきっかけかもしれないけれど。でも、コミュニティーが機能している場所には「コミュニティー」なんて言葉は必要なかったりする。
自分のダンスのリサーチとして始めた民俗芸能の調査やその延長線上で、人と人の間から内発性が湧き出ててくるようなことを求めるようになった。そういった瞬間にとても神聖な何かを感じるから。でもその入り口は神妙なものじゃなくてどうでもいいこと、冗談のようなこと、何気ないことがいいと思うようになった。でも、それを起こそうと私が意図して何かをしようとすると、その「意図」がどうしても矛盾となって吹き出してしまう。でも諦めきれずにいろいろなことを実験していった。矛盾に向き合い続けていくうちに、なりゆきとなにがしかの必然性が一番大事だなと思うようになっていった。人と人が出会ったり、別れたり、物事に出会ったりするその流れが。でも気づかなければ流れにならない。いろいろな情報が日々たくさん現れては消えていく。その中で点と点が繋がって感じる流れが、自分の深いところで求めていることに繋がっていくとき、同じような感覚を持った人に出会うことがある。そんな時その奇跡におののきつつ、流れに身を任せつつ、それぞれがさらに異質なものとの出会いを見出して新たな流れみつけることもできる。
同じ感覚を共有できる自分より若い、実行力のある友人たちからたくさんのことを日々学んでいる。その彼らと、別の方向で実行力のある天然な知人との出会いで、冗談なのか本気なのかわからない不思議な祭りが形になっていった。本気すぎたら危ない宗教になっちゃうし、冗談すぎたら誰もついてこれないけど、その間の丁度絶妙な感じ、やっぱり何かはっきりしない「間」というのがポイントなのかのしれない。へびの彫り師となったふじいもんを先頭にこの不揃いな行列の一人として河原の脇を歩きながら、地域の芸能というよりは、異形のものと蔑まれた河原者たちになったような、時代を飛び越えてしまったような不思議にふわふわした気持ちになる。ススキがさわさわと風になびいて生死の境界がゆらいでいるように感じた。マルシェにたどり着いてたくさんの人々に見つめられたら恥ずかしかったけど、踊りは見るものじゃなく浸るもので、だれでも浸れる空気は作ろうと思って作れるものじゃなく、様々ななりゆきの果てにそれぞれの人が本当は求めていることに気づかなかったような何かが、ふわふわと重なっていったように感じた。
長いこといろいろな試みをしてきたけど、何かに乗っかることで「本質的なことを実現させよう」という自分の長年の執着を捨てることができた。そのおかげで肩の力を抜いて頭を空っぽにして、流れに身をゆだねることができたのかもしれない。肩書きもなく、プロジェクト名もないけれど、奇跡のような人との出会いと、無意味に思えるようなことを一緒にやる仲間との時間が物事を発酵させる力となった。生きる上での武器のように振りかざしていた「アーティスト」という肩書きはいよいよ自分にとって傲慢な盾のように見えてくる。
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