2015年6月18日木曜日

大阪 逍遥と学びの旅その三 交流いろいろ

●有田美香子氏との再会と合気道
合気道をしている人の手の柔らかさが深いところに伝わって来るような時間を過ごす。
美香子氏とも合気を通じて体を交わすなんて、未だかつてないことなのでとても新鮮だったし、彼女の知らなかった部分に触れた気分。合気道は互いにこだわらないことに向かうから、相手に助けられるけれど、生きているといろいろな人と出会う。固い人に対して固くなってしまうという反応をどうしたらいいのだろう?システムの中に引き戻そうとする人に対してどう向き合えばいいのだろう?現代に反応する人々の中でサバイブする武道の新しい可能性について考えてみたい。

●佐久間さんと交流ワークショップ
体を叩くとまるで打楽器みたいな音がする佐久間さん。話していると思ったらいつのまにか踊りの入り口が待っていたり、急に普通にしゃべりだしたるする気軽な出きりがとても魅力的。人間としての暖かさ、深さ、愛情深さ、誠実さが他に類を見ないほどすごい。

●砂連尾さんと交流ワークショップ
「フィクション」という言葉の認識が私とは違って徹底している砂連尾さん。そういった細かい差異がわかって、彼の創作の立ち位置が見えて来る。現実的でとても誠実な創作をしていると思った。「うさんくさい」というキーワードがいろんな人の中で共有されてるのが面白かった。

●たんぽぽで佐久間さんやたんぽぽに関わる人々と踊る
踊りが立ち上がる瞬間は誰も意識しないような時間になら可能かもしれないと思った。
手を八の字に動かすやり方でいろんな踊りの道筋に通じると感じた。
リズムが体を立ち上げたり、さましてしまったりする原因になるらしい。普遍的な部分と、習慣や好みの問題との両方がある気がする。人がやめたり雑談したりしてもいい時空間、でありながら盛り上がる瞬間もあるというようなゆるい包括感に向かいたい。

2015年6月12日金曜日

大阪 逍遥と学びの旅その二 監視しあわない人々

京都から大阪に移動して、電車の雰囲気が徐々に変わって行く感じがする。
なんていうか、空気がゆらーっとしているような気がする。人と人の境が曖昧な空気が満ちている。陸奥さんなんか道路の信号いつも無視して、道路も真ん中を歩いたりする。でもそういったことはわりと普通らしく、誰もそれを注意したりしない。つまり、人同士が監視しあう関係じゃない、その感じがとても生きやすいゆるさだなと感じて、関東、福岡との違いとして感じて来るようになっていった。

ワークショップでは関東から、演劇をやってる人が来てくれたり、自転車で来れる距離の人が来てくれたり。わたしのワークショップを受けてくれる人は、ダンスをやってる人よりも演劇や美術をやっている人の方が多いのかもしれない。




2015年6月8日月曜日

大阪 逍遥と学びの旅その一 京都っておもろい

大阪に一週間行って、陸奥賢氏の拠点「逍遥舎」というところをねぐらに、かつそこでワークショップも交流も上映会も全部させていただきました。そういった合間に京都で友人にあったりお寺を見学したり、おもしろいスペースにお邪魔したり、古いダンスの友人が夫婦でやっている合気道の道場で胸を借りたりと、本当に漂ってうろうろしている中でのそれぞれ今の私にとってまさに必要な学び、合うべき人々との刺激的な出会いだらけで、なんと幸せな人生かしら、と感慨に浸ってしまいます。これも、2ヶ月学校の行事でスコットランドに行っている季林さんのおかげです。彼もきっと同じような刺激的な経験してるのでしょう。いいね。ほんといいね。あまりにもたくさんの、しかも重要なことが起きたので軽く短く書くのは難しいなと思って、やっぱりじっくり時間かけて思い出しながら書くにはブログかな。

まず、京都のとあるお寺では、不思議にあやしい美しさのあるお庭で念のこもった声でお坊さんがライブで解説を流してくれるという不思議なパフォーマンスのような時間を楽しみました。奥のお参りする場所では位牌がならべてあったり、なんか謎な雰囲気があって、住職さんは役者の悪役みたいな顔と声で、いろいろなとっても偉い人の相談役である事をほのめかす話などいろいろ聞かせてくれた。スペースを持つというのはそこに来る人やその繋がりを生み出すのでそれによるエネルギーというものを保持するのだな。場合によっては政治的なポジションをも生み出すのでしょうね。次に見学させてもらった町家を改装したスペースにお邪魔したのですが、そこでは芸術とは無縁の企業診断や建築をされてるのご夫婦が運営していました。さまざまな音楽やダンスの企画が持ち込まれ、そこで人が出会う事で本業の方での関わりがそこに生かされて行ったらいいなというお話だったりして、「お金」だけじゃない益として、場というものの力を思い知ったりしました。そして京都はそういうことをみんなが気軽に楽しみながら、自治的にやってるのかもなあと思ってワクワクしました。

2015年5月22日金曜日

制作日誌16 本番の日を迎えました

さて、今日は本番です。朝から当日パンフを印刷したり買物したりとバタバタしつつも、この私的解剖実験シリーズをほとんど全部見てくれた人の顔が脳裏をよぎりつつ、昨日の体調不良の中作品がもう飛べる、飛べる準備が出来たよ、という感じ。生き物になりつつある。この感じに身を任せて行こう。立ち会って下さる方々と共に空間を生き物にしていく予感がしています。写真は寅雄さんのオペ勇姿。

2015年5月19日火曜日

制作日誌15 通しまでこぎつけ、寅雄さん疲弊 

膨大な作業を終えて、ゆっぴーが関わってる神楽を観に行きたかったのだけど、通しまでこぎつける作業が時間かかってしまい行けなかった。寅雄氏は疲弊してしまって笑顔がまったく消えてしまい、打ち上げで飲んでも、温泉に入っても、お灸とマッサージをしても回復しなくてそのまま出張に旅立ってしまった…。家族崩壊の危機か…。大丈夫です。いつもなんとか乗り越えてきましたっけ。2週間前くらいが結婚記念日だったのに毎年のように忘れてしまっていた。お風呂に行こうとふたりで自転車で走っているとき、一匹だけ蛍が浮遊していたのがなんとなく奇跡みたいに見えた。本番まであと少し。 写真は私の作業場と寅雄氏撮影の亀吉&亀五郎

2015年5月17日日曜日

制作日誌14 峠を越えさわやかな夜明け

膨大な膨大な作業を徹夜で終え、夜中の3時くらいからもうランナーズハイになっていって、終わったらなんかもう今までにないくらいさわやかな気分です。自転車旅行のゴールした時にほんと似てるから不思議。この感無量さは、おそろしく自分のプロセスを振り返ることにもなっているからだと思う。まだこれからも生きて行くんだけどな。区切りなのだろういろんな意味で。本番で何が見えてくるのかゾワゾワします。イギリスに行ってるきりんのことを全く忘れてしまっている。でも夢ではかならずきりんの夢を見てる。

2015年5月16日土曜日

制作日誌13 新アイデアでパニック のち 気を取り直し…

一昨日の夜に新しいアイデアがさらに膨らんで寝られず、昨日起きてから寅雄氏に説明するも、彼の混乱を誘発してしまい一時はパニック状態に。しかし、新しいアイデアを全体に適応させる前にまずはお試しをやってみようとトライしてみたらすごく良くなっていることが判明し、気を取り直してこれからやらなければならない膨大な作業に取りかかっている。自転車旅行で峠を二つ半越えた時みたいに、いままでの小さな山、坂は峠じゃなかったんだね、これから峠を二つ以上越えるんだね、というような心境ですが、良くなるのが分っているので燃えます。