2015年4月28日火曜日
15年の実験履歴 制作日誌02
作品の水面から出ているところだけを合わせても、15年の量は多い。にもかかわらずその水面下をもう一度精査していると、あまりの情報量の多さに今日は溺れかかって水をしこたま飲んでしまったように体が重い。情報量が多すぎると私はそれを処理しきれないので、これをどうするのか?明日には一度、稽古見せをすることになっているのだから、ひとまず明日なんとかしよう。
2015年4月27日月曜日
「15年の実験履歴」制作日誌01
最初の作品アイデアを試したあと、それを一度壊すといういつもの儀式を終え、やっと第二案に向けて動き出す。
自分が書き溜めていた大量のメモは二度と見返さないと思っていた。それをひとつひとつ見ていると、そのとき自分がどのくらいの深さに潜って観察したり思考したりしていたのかが見えて来る。と同時に現在の私がそのときの私の中に潜って行くという作業でもある。潜水するのは疲れるけれど抜けられない。こういう作業が好きなのだろう。作品制作以外に周りで起きていた事、景色もうっすら見えて来る。メモ帳が役に立つときが来るとは。まだ役に立つとは限らないが。メモの途中で「インターネットで日記を公開する人が増えている。変化の兆しなのか?」といった文章もあって、この数年自分も日記的なものをこうやって公開してるよ、って思う。書いていた時点では想像すらしていないのだろうに。作品を作り始めた96年当時はインターネットも普及したてでまだやってない人の方が多かったのだろうし、この時代の変化ってすごいなと思った。これから潜ってるだけじゃだめで、遠くから眺めたりいろいろな視点を持って作品に取り組もうと思った。
2015年3月4日水曜日
体の歪みについて
自分の体の歪みに、強い力で正すという方向は逆に体からの反発のような何かを引き出すようなことになる。「正しい」「正常な」体のあり方という基準は、俯瞰した視点によって自分を見る方向を強いる。そうではなくて、歪みに対して、別の可能性もあるということを体が知る、ということが大切な気がする。
2014年10月30日木曜日
反応のもとを辿る可能性について
日本が右傾化したりして、政治家や嫌韓デモや、そういったことが起こる一方、都市をはなれて畑をする等、オーガニックな生き方を選んだりする人が増えたりもしていて、そういった一見全く反対のことでも、それぞれ何かに対する反応なんじゃないかと思う。イスラム圏の国で女性に対してとても乱暴な方向での保守的な動きを強めたり、ひどく問題と思われるか偏った思想がもてはやされたり、そういったことも同じように何かに対する反応としてあって、その傾向を引き起こす原因を遡って行くとすごくネガティブに思える反応も、一見ポジティブに見える反応も、何か同じ物事に対する反応として引き起こされているような気がする。だから、何に反応しているのか、拗れた糸を辿ってほぐしながらもとを辿って行けば何かが見えて来る気がする。だから、右傾化の状態ひとつひとつを嘆くのではなく、それを引き起こす原因の方向に目線を向けて観察して行けば何かが見えてくる気がする。原因となる何かは、「視線」に関する物じゃないかと感じる。ひどく誇りを傷つける「視線」とその「視線」に起因する判断、行動がある。その「視線」を投げる人々、またその人々がその「視線」を元にしたシステムを構築しているように感じる。だからとりあえずシステムに対する怒りが私にはある。しかしそこを、怒りではない方法で向き合えないか?もっと元を辿っていけないのか?
2014年6月30日月曜日
官邸前抗議の夜
今日は官邸前抗議に行けないけれど、デモという意思表示について考えている。自分たちが感じている違和感を、具体的な対象に向き合って何かをアウトプットするというのは、人が元々持っている「拮抗する快」のひとつだと思う。その時に、その快を誰かに利用されてはいけない。そういう意味で冷静でいなければならないという矛盾もある。物事を動かしている政治の当事者たちはいろいろなことを想定しつつ、対応も先回りして考えているということも忘れてはならないだろう。それらを分かりつつも、「拮抗する快」のひとつとして行動をする。狩猟採集の時代から、人は某かの拮抗関係の中で生きざるを得ないのだとして、拮抗する対象がどのように変わって来たのかを知ることが必要なのかもしれない。
2014年5月19日月曜日
2014年5月15日木曜日
歌おうと思ったら
歌うという状態の自分で日々を過ごさないと、歌なんか出て来ないということに気付きつつある。踊りもそのとおり。息子はいつでも歌えるし踊れる、生まれてはそのままほとんどは消えてしまうものばかりだけど。その中で残った物が歌として誰かが歌う可能性あるということか?
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